「ハラスメントを防止するため、管理職にはしっかり研修を受けてもらっている」
そう考えている企業は多いでしょう。
しかし、ハラスメントについての知識を増やすだけでは、別の問題が生じる可能性があります。
それが、「ハラスメントと言われるのが怖くて、部下に必要な指導ができない」という管理職の萎縮です。
実際、管理職を対象にした複数の調査から、ハラスメントへの警戒が必要な指導まで抑制している実態が見えてきています。
今回は、管理職100人を対象とした調査を中心に、厚生労働省などのデータも交えながら、企業に本当に必要なハラスメント対策について考えてみます。
管理職100人のうち51人が「必要な指導をためらった」
NTT西日本が2025年に大企業の中間管理職100人を対象に行った調査では、51.0%が「パワーハラスメントと受け取られることを懸念して、部下への必要な指導を躊躇したことがある」と回答しています。
つまり、100人の管理職がいれば、約51人が「本当は指導した方がいい」と思いながら、指導をためらった経験があるということになります。
内訳を見ると、
「とてもある」23.0%
「ややある」28.0%
でした。
一方、20代社員100人への調査では、28.0%が「上司や先輩がパワーハラスメントを恐れて必要な指導を躊躇していると感じたことがある」と回答しています。
管理職側だけが感じている問題ではなく、部下側から見ても「上司が必要なことを言わなくなっている」という現象が一定程度認識されているのです。
出典:NTT西日本「上司の方が“パワハラに敏感” 世代で逆転するハラスメント認識の実態」
2026年の調査では、管理職の71%が指導を控えた経験
さらに興味深い結果があります。
SmartHRが2026年6月、部下を持つ管理職548人を対象に実施した調査では、過去1年間に、「本来は改善を促すべき場面で、指導を見送ったり、表現を極端に和らげたりした経験がある」管理職は71%に上りました。
100人に換算すれば約71人です。
出典:SmartHR「指導をためらう原因は“能力不足”だけではない|部下をもつ管理職に対する調査レポート
もちろん、NTT西日本の調査とは質問内容や対象者が異なるため単純比較はできません。
しかし、複数の調査から共通して見えてくるのは、「ハラスメントを防止しなければならない」という意識が高まる一方、「では、どこまでなら適切な指導なのか」という判断に迷っている管理職が少なくないということです。
「ハラスメント研修をすれば解決する」とは限らない
ここで企業側が注意したいデータがあります。
SmartHRの調査では、会社から受けている支援によって管理職を3グループに分けています。
- 具体例を交えた明確な基準や研修があるグループ
- 一般的なハラスメント研修だけがあるグループ
- 特に基準がなく個人の裁量に任されているループです。
その結果、指導を見送ったり、極端に表現を和らげたりした経験が最も多かったのは、「一般的なハラスメント研修だけがある」グループの81%でした。
具体的な基準まで示されているグループでは67%、支援のないグループでは74%でした。
この結果だけから「研修をすると指導できなくなる」と因果関係を断定することはできません。
しかし、少なくとも、
「○○を言ってはいけない」
「こういう行為はパワハラになる」
という禁止事項を教えるだけでは十分ではない可能性があります。
管理職に必要なのは、「何をしてはいけないか」だけではなく、「何のために、何を根拠として、どのように伝えれば適切な指導になるのか」という具体的な判断基準です。
管理職が本当に怖がっているのは「パワハラ認定」だけではない
さらに注目したいのが、管理職が指導をためらう理由です。
SmartHRの調査では、「一般的なハラスメント研修だけ」を受けている管理職が指導をためらう理由として、72%が「部下のモチベーションを下げてしまう懸念」を挙げています。
「パワハラと指摘されるリスク」は26%でした。
つまり管理職は単純に、「訴えられたくない」と考えているわけではありません。
「厳しく言ったら辞めてしまうのではないか」
「モチベーションを下げてしまうのではないか」
「関係が悪くなるのではないか」
という不安も抱えながら部下と接していると考えられます。
ここに、現在の管理職が抱える難しさがあります。
ハラスメント防止と「厳しさ」は対立しない
ここで企業として整理しておきたいことがあります。
ハラスメントをなくすことと、仕事上の厳しさをなくすことは同じではありません。
厚生労働省の考え方でも、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導はパワーハラスメントには該当しません。
仕事をしていれば、
「納期を守らなければならない」
「一定の品質を満たさなければならない」
「顧客への責任を果たさなければならない」
「目標を達成しなければならない」
といった要求は存在します。
これは、管理職が社員を苦しめるために作り出した厳しさではありません。
事業を行う以上、仕事そのものに存在している厳しさです。
管理職の役割は、その厳しさを感情的な叱責として部下にぶつけることではありません。
仕事で求められている基準を言語化し、
「何が求められているのか」
「現在どこまでできているのか」
「何を改善する必要があるのか」
を部下と共有することです。
中小企業ほど「個人任せ」にしない仕組みが必要
この問題は中小企業にとって特に重要です。
厚生労働省の令和5年度「職場のハラスメントに関する実態調査」を見ると、従業員99人以下の企業では、ハラスメント予防・解決に関する取り組みについて「特にない」と回答した割合が17.9%でした。
100~299人では8.8%、300~999人では4.4%となっており、小規模企業ほど取り組みが十分ではない傾向が確認できます。
中小企業の場合、人事部門やコンプライアンス部門が存在せず、「部下への指導方法は管理職本人に任せる」という状態になりやすいことが考えられます。
しかし、それでは管理職も困ります。
「これは指導していいのか」
「この言い方は問題ないのか」
「社員からハラスメントと言われたらどうすればいいのか」
という判断を、管理職個人が背負うことになるからです。
必要なのは「ハラスメントをしない管理職」ではなく「適切に指導できる管理職」
企業のハラスメント対策というと、
「パワハラとは何か」
「言ってはいけない言葉」
「やってはいけない行動」
を学ぶ研修になりがちです。
もちろん、これらの知識は必要です。
しかし、それだけでは十分とは言えません。
企業が目指すべきなのは、「何も言わない管理職」を増やすことではなく、「必要なことを適切に伝えられる管理職」を増やすことではないでしょうか。
そのためには、少なくとも次の仕組みが必要です。
- 適切な指導とハラスメントの境界を具体例で共有する
- 部下に求める目標・役割・行動基準を明確にする
- 人格ではなく、行動や事実についてフィードバックする
- 指導内容や面談内容を記録する
- 管理職自身が相談できる窓口を用意する
特に重要なのは3つ目です。
「君は仕事に対する意識が低い」という人格や姿勢への曖昧な評価ではなく、「今月、提出期限を過ぎた案件が3件あった。期限を守れるよう業務の進め方を一緒に見直そう」というように、観察できる事実→仕事への影響→改善すべき行動という順番で伝える。
これだけでも、指導の意味は大きく変わります。
心理的安全性とは「厳しいことを言わない職場」ではない
ハラスメント対策を考える上でもう一つ重要なのが、心理的安全性です。
心理的安全性の高い組織というと、
「優しい職場」
「叱られない職場」
「厳しいことを言われない職場」
と誤解されることがあります。
しかし、本来目指すべきなのはそうした状態ではありません。
部下が上司に異論を言える。
失敗を隠さず報告できる。
わからないことを質問できる。
そして上司も部下に対して、必要な改善を率直に伝えられる。
双方が仕事に必要なことを率直に伝えられる状態こそ、組織が目指すべき姿です。
ハラスメントを恐れて誰も厳しいことを言わなくなれば、一時的には穏やかな職場になるかもしれません。
しかし、問題行動が放置され、成果基準が曖昧になり、真面目に働いている社員ほど不公平感を感じるようになれば、長期的には組織にとってマイナスです。
ハラスメント対策の次に企業が考えるべきこと
今回紹介した調査では、管理職100人のうち51人が、パワーハラスメントと受け取られることを懸念して必要な指導をためらった経験があると回答しました。
また別の2026年調査では、管理職548人の71%が、必要な指導を見送ったり表現を極端に和らげたりした経験を持っていました。
これらの数字から見えてくるのは、「ハラスメントをなくす」という取り組みだけでは、これからの組織運営には不十分であるという課題です。
必要なのは、ハラスメントを防止することと、必要な指導を行うことを両立させる仕組みです。
管理職個人のコミュニケーション能力だけに任せるのではなく、会社として「適切な指導とは何か」という基準を示す。
そして管理職が安心して部下の成長に向き合える環境をつくる。
ハラスメント対策の目的は、上司と部下がお互いに何も言えなくなることではありません。
心理的安全性を確保しながら、仕事に必要な厳しさと成長刺激が存在する職場をつくること。
これからの企業には、その両立が求められているのではないでしょうか。
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